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episode.02

古代の鼓動が聞こえそうな
緑の風吹くパワースポット

 志布志湾の海岸線から約1㎞内陸部に進むと、水田の中に突如現れる横瀬古墳。長径140mという大型の前方後円墳で、5世紀に築かれた古墳の中では、九州最大級を誇ります。周りに遮るもののない平坦地の古墳は、自由に登って楽しめる、タイムトラベルスポットです。

 「この地に埋葬されているのは日向から大隅にかけての豪族のリーダー集団『広域的首長連合』を取り仕切るトップ。地方の王様のような存在だったと考えられます」と大崎町役場職員の内村憲和さん(埋蔵文化財専門員)は語ります。宮崎県の生目、西都原などに築造された大型前方後円墳も、それぞれの時代の盟主を納めた墳墓です。

 大隅には、横瀬古墳と唐仁古墳群(東串良町)、塚崎古墳群(肝付町)という3つの国指定史跡となっている古墳のほか数多くの墳墓や史跡が残されています。

内村憲和さん内村憲和さん
古墳の歴史を伝える紙芝居
現地ガイドで使用するのは内村さん手描きの紙芝居型パネル。日向から大隅にかけての古墳の系譜がひと目でわかる。「大隅の人はイケメンに描いています」。
古墳の歴史を伝える紙芝居
現地ガイドで使用するのは内村さん手描きの紙芝居型パネル。日向から大隅にかけての古墳の系譜がひと目でわかる。「大隅の人はイケメンに描いています」。
古墳の歴史を伝える紙芝居
現地ガイドで使用するのは内村さん手描きの紙芝居型パネル。日向から大隅にかけての古墳の系譜がひと目でわかる。「大隅の人はイケメンに描いています」。

海外との交流で栄えた南の玄関口・志布志湾

 「南の端っこに、こんな大きな古墳が!と、よく驚かれます。現代の視点で言うと、端っこかもしれませんが、古墳時代以前から志布志湾は日本列島の南の玄関口でした。南西諸島、沖縄や大陸との交流の窓口だったのです」この場所に盟主が埋葬されたという事実は、要衝の地であったことの証だそうです。「ちょうど朝鮮半島へ乗り出していたヤマト政権にとって、外洋での航海術に長けた大隅の人々は水先案内人として重用されていたはず」と内村さん。何世紀も前の歴史ドラマが、内村さんの脳裏には生き生きと映し出されているようです。

 埋蔵されている人の名前はもちろん、前方後円墳の形の意味など、古墳には、まだまだわからないことが多いといわれます。「わからないからこそ古墳は面白いのだと思います」。ピクニック気分でお出かけもよし、アートとして眺めるもよし。緑の中で悠久の時に思いを馳せてみては。

唐仁古墳群
132基の古墳が集まっている大きな古墳群で、うち3基が前方後円墳。中でも大塚古墳は、全長約185m、高さ約11mの九州でも最大級の前方後円墳で、5世紀頃の築造とされる。唐仁古墳群
132基の古墳が集まっている大きな古墳群で、うち3基が前方後円墳。中でも大塚古墳は、全長約185m、高さ約11mの九州でも最大級の前方後円墳で、5世紀頃の築造とされる。
塚崎古墳群の大楠
塚崎古墳群一号墳(円墳)の上に生える大楠。樹齢推定1200~1300年余りの古木は塚崎大塚神社の神木として崇められている。塚崎古墳群の大楠
塚崎古墳群一号墳(円墳)の上に生える大楠。樹齢推定1200~1300年余りの古木は塚崎大塚神社の神木として崇められている。
遺跡からの出土物
大崎町中央公民館郷土資料室や肝付町歴史民俗資料館には、神領古墳群や下堀遺跡、塚崎古墳群などから出土した数多くの考古資料や民俗資料が展示されています。
遺跡からの出土物
大崎町中央公民館郷土資料室や肝付町歴史民俗資料館には、神領古墳群や下堀遺跡、塚崎古墳群などから出土した数多くの考古資料や民俗資料が展示されています。
遺跡からの出土物
大崎町中央公民館郷土資料室や肝付町歴史民俗資料館には、神領古墳群や下堀遺跡、塚崎古墳群などから出土した数多くの考古資料や民俗資料が展示されています。

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