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episode.03

高隈山からの空っ風のなか
甘く生まれ変わる芋たち

 秋。サツマイモの収穫が始まると、垂水市の山間集落、大野原(うのばい)では、芋の蔓を束ねてぶら提げる「つらさげ芋」の風景が見られます。「つらさげ」とは、方言で芋の蔓を「つら」と呼ぶことからついた呼称だと言われています。見た目は何の変哲も無い芋ですが、糖度はなんと30度以上。中には50度にまで上るものもあるといいます。甘味を生み出すのは、きびしい大野原の自然。高隈山から吹き下ろす寒風が芋の水分を抜き、デンプンを糖に変えていくのです。「芋は霜に弱いから、この辺りでは昔から初霜までには芋を収穫して、軒先につらさげるものでした。おそらく、昔から大隅半島のどこでもやっていた貯蔵法です。当時は今みたいに砂糖がなかったから、甘いお菓子がわりに子どもに食べさせていたんですよね」と大野地区公民館館長の前田清輝さん。前田さんも子どもの頃からよく食べていたそうです。

大野地区公民館 館長 前田 清輝さん
東京で過ごした学生時代、世界各国を回った前田さん。東京と海外で過ごした経験から、日本育ち、大野原育ちのアイデンティティをはっきり自覚したと語る。大野地区公民館 館長 前田 清輝さん
東京で過ごした学生時代、世界各国を回った前田さん。東京と海外で過ごした経験から、日本育ち、大野原育ちのアイデンティティをはっきり自覚したと語る。

大野原産つらさげ芋のブランド化をめざして

 大野地区では、郷土伝統のつらさげ芋を地域ブランドにすることを目指しています。「他の地域でも同じような作り方をするところがありますが、ここは特に標高や気温差が適しているんです」。現在、11戸の芋農家で組合を作り、共同の貯蔵庫、提げ場を設けています。芋は、暑さ寒さに弱い、デリケートな作物。寒い時はストーブを焚き、暖かすぎる日は扇風機で風を送るなど、温度調節には気を使います。土壌にミネラルを与えるため、畑に塩を入れる農家も。地域のブランド化にあたり、組合ではいくつかのルールを決めています。それは、収穫から最低1カ月は提げること、糖度30度以上であること、12月第1日曜日の「大野原(うのばい)いきいき祭り」以前の出荷は禁止、などです。糖度が十分にのらないまま出荷するのを防ぐためです。解禁日が定められたサツマイモとは初耳。ボジョレー・ヌーボーならぬ、ウノバイ・ヌーボーです。

集落に立つ2カ所の「提げ場」は、芋農家が共同で使用。一束3〜4kgの芋を提げる作業は重労働になるため、量産はなかなか厳しいという。
集落に立つ2カ所の「提げ場」は、芋農家が共同で使用。一束3〜4kgの芋を提げる作業は重労働になるため、量産はなかなか厳しいという。
集落に立つ2カ所の「提げ場」は、芋農家が共同で使用。一束3〜4kgの芋を提げる作業は重労働になるため、量産はなかなか厳しいという。

脈々と息吹くフロンティアスピリット

 大野原集落は垂水市街地から北東へおよそ13㎞、標高550mの高地に位置しています。大正3(1914)年の桜島大爆発によって被害に遭った桜島や垂水の人たちが移住してひらいた歴史をもつ開拓地です。当初542人が入植したそうですが、過疎化が進み、11年ほど前には地元小中学校が閉校になってしまいました。危機感を抱いた地域の人たちは平成22(2010)年、青年団を復活。平成23年3月に、10年後を見すえたまちおこしのプラン「大野づくり計画」を作りました。「フロンティアスピリットですよね」と言う笑顔の奥に力強さを感じます。手始めに開催したのが、大野原(うのばい)いきいき祭り。つらさげ芋をはじめとする農産物の販売や農村体験などを盛り込んだ祭りは人気が高く、人口100人の集落に1500人のお客さんが訪れます。なかでも、集落の女性たちが提供する焼き芋やお菓子類は「作ってん、作ってん、足りない」人気商品。嬉しそうに語る笑顔も素敵です。

高隈山系の中腹に位置する大野原。山からのきびしい空っ風が吹く中で、人の知恵と力が生まれ育ってきた。高隈山系の中腹に位置する大野原。山からのきびしい空っ風が吹く中で、人の知恵と力が生まれ育ってきた。
「揚げたては熱いから気をつけて食べてね」。有志女性で構成する「高峠わかば会」会長の内田のり子さん(左)と前田ひとみさん(右)は底抜けに明るい。
「揚げたては熱いから気をつけて食べてね」。有志女性で構成する「高峠わかば会」会長の内田のり子さん(左)と前田ひとみさん(右)は底抜けに明るい。
「揚げたては熱いから気をつけて食べてね」。有志女性で構成する「高峠わかば会」会長の内田のり子さん(左)と前田ひとみさん(右)は底抜けに明るい。

大野原だから実現できる
スローライフを世界に発信

 大野地区公民館を中心として取り組んでいる「大野づくり計画」は、着々と実を結びつつあります。平成25(2013)年には理事長に酒瀬川牧さんを迎えNPO法人「森人(もりんちゅ)くらぶ」を設立。会員には鹿児島大学生を中心とするおよそ30人のメンバーが所属し、交流・体験や生活環境改善、伝統芸能継承など幅広い活動に取り組んでいます。鹿児島大学、垂水市と連携して運営する自然学校には年間3000人の子どもたちが全国から訪れます。酒瀬川さん自身、鹿児島大学の学生時代、実習の時に訪れたことがきっかけとなり大野原に魅了された一人。「楽しい集落だと思ってしょっちゅう通っていましたが、ついに住みついてしまいました」。この先、海外からの旅人も視野に入れ、民泊や農家レストラン、シェアハウス整備など、たくさんの構想があります。高隈山から吹きおろす空っ風のなかで芋が甘く熟成するように、大野原の開拓魂は今なお熱くたぎっています。

NPO法人 森人くらぶ 理事長 酒瀬川 牧さん
近くに広がる鹿児島大学農学部の演習林での実習体験で大野原を訪れ、ついに住人になった酒瀬川さん。笑顔から幸せが伝わってくるよう。NPO法人 森人くらぶ 理事長 酒瀬川 牧さん
近くに広がる鹿児島大学農学部の演習林での実習体験で大野原を訪れ、ついに住人になった酒瀬川さん。笑顔から幸せが伝わってくるよう。
集落では廃校跡のプールを活用してニジマスを養殖。釣り体験を楽しむ場になったり、昼食用の塩焼きになったり。フル活用される。集落では廃校跡のプールを活用してニジマスを養殖。釣り体験を楽しむ場になったり、昼食用の塩焼きになったり。フル活用される。
「森人くらぶ」に所属する鹿児島大学の学生たち。集落の方々の畑の土づくりや、防風ネット張りなど、集落の大切な働き手として農作業に汗を流す。
「森人くらぶ」に所属する鹿児島大学の学生たち。集落の方々の畑の土づくりや、防風ネット張りなど、集落の大切な働き手として農作業に汗を流す。
「森人くらぶ」に所属する鹿児島大学の学生たち。集落の方々の畑の土づくりや、防風ネット張りなど、集落の大切な働き手として農作業に汗を流す。

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