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episode.07

町全体から伝わってくる熱い「ロケット愛」

 …6、5、4、3、2、1…。地を揺るがす轟音とまばゆい噴射の光を放ち、宇宙への旅路に着くロケット打ち上げの瞬間を目の前で体感できるのは、2つの射場を擁する鹿児島ならでは。

 大隅半島東岸に位置する内之浦宇宙空間観測所では、昭和37(1962)年2月の設立以来、大小400機を越すロケットを打ち上げてきました。また、昭和45(1970)年のわが国初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げ以降、30機近くの衛星・探査機を宇宙に送り出しています。打ち上げから7年後、奇跡的な帰還を果たした小惑星探査機「はやぶさ」も、この射場から打ち上げられました。

 潮風に包まれたのどかな港町を歩くと、町のそこかしこにはロケットやアンテナ、衛星などのモニュメントが飾られ、銀河、ロケット、コスモなどの名を持つお店や施設、お菓子が目白押しです。町中から伝わってくる、熱烈な「ロケット愛」に、ほのぼのとした心持ちになります。

市街地と観測所を結ぶ国道448号は「内之浦惑星ロード」と呼ばれ、惑星の名がついた橋には衛星やロケットをモチーフにしたオブジェが飾られています。市街地と観測所を結ぶ国道448号は「内之浦惑星ロード」と呼ばれ、惑星の名がついた橋には衛星やロケットをモチーフにしたオブジェが飾られています。

「陸の孤島」に天才科学者がやって来た日

 内之浦のロケット基地は、『逆転の発想』などの著書でも知られる日本宇宙開発の父・糸川英夫博士(当時・東京大学生産技術研究所教授)のインスピレーションから誕生しました。糸川博士は、少年時代に抱いた空への憧れから、東大卒業後は航空機の制作に従事。戦後、国産ロケット製作に取り組み、飛行性能の向上に合わせて太平洋岸への実験場設置を検討。全国行脚の中で昭和35(1960)年、大隅を訪問しました。太平洋を見下ろす長坪集落の丘から凹凸のある傾斜地を目にした時、博士の脳裏には、山を削り、出た土で丘と丘をつなぐ道路を造るという奇想天外なプランが浮かびました。「逆転の発想」から生まれた構想は、町の発展を願う内之浦町長、婦人会長らとの緊密な連携の中で現実のものとなっていきます。

 当時、悪路続きで、地元では「陸の孤島」と称されていた内之浦。鹿屋からの道案内を断られたため、自らタクシーのハンドルを握って現地入りしたというエピソードは、博士の熱い研究者魂を伝えています。

宇宙開発の父・糸川英夫博士像
生誕100周年を記念し、2012年に住民らの篤志によって建立。台座は「人生で最も大切なものは逆境とよき友である」という博士の言葉。宇宙開発の父・糸川英夫博士像
生誕100周年を記念し、2012年に住民らの篤志によって建立。台座は「人生で最も大切なものは逆境とよき友である」という博士の言葉。
整備塔の中にランチャーが格納されており、打ち上げ時には旋回してロケットを発射点に移動させる仕組みです。整備塔の中にランチャーが格納されており、打ち上げ時には旋回してロケットを発射点に移動させる仕組みです。
日本初の人工衛星「おおすみ」打上げ時の記者会見
4機連続で続いた失敗の後の成功。町中が沸き立ちました。日本初の人工衛星「おおすみ」打上げ時の記者会見
4機連続で続いた失敗の後の成功。町中が沸き立ちました。

新しい文化の訪れを歓待する港町のDNA

 地元との交流を積極的に図る糸川博士率いる実験班のメンバーは、地域の方々に温かく迎え入れられます。建設への厳しい道のりの中では、地元婦人会の強力なバックアップが大きな力になりました。民宿や食事の手配、売店の切り盛りなど、婦人会員が交代でこなし、接待用の料理作りのために50人余りの女性が調理師免許を取得しました。

 さらに、測量調査が難航した際には手作りのおはぎを差し入れ、人手不足で工事が遅れそうな時は女性たちがシャベルを手に土木作業を行ったことも。

 「陸の孤島」と言われる一方で内之浦は、太平洋に開く天然の良港に恵まれ、かつて南蛮貿易で栄えた土地柄。江戸期に入る少し前、この地を訪れた朱子学者の藤原惺窩は「南航日記残簡」の中で、現地人の勧めでギヤマン(ガラス)で葡萄酒をたしなみ、西洋人の描いた世界地図を目にしたことを記しています。外交的で柔軟な気風が、この地には古くから醸成されていたのかもしれません。

橋本 雅子さん(元内之浦婦人会会長)
内之浦と実験場のなれそめを語る生き生きした表情から深いロケット愛が伝わります。橋本 雅子さん(元内之浦婦人会会長)
内之浦と実験場のなれそめを語る生き生きした表情から深いロケット愛が伝わります。
ウチノウラキモツキ共和国 国民票
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究施設がある全国の5市2町がユーモア精神によって組織した「銀河連邦」の中の一つ。ただいま国民を絶賛募集中!ともに宇宙愛を語りましょう。<a href="http://space-kimotsuki.jp/">【詳しくはHPへ】</a>ウチノウラキモツキ共和国 国民票
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究施設がある全国の5市2町がユーモア精神によって組織した「銀河連邦」の中の一つ。ただいま国民を絶賛募集中!ともに宇宙愛を語りましょう。【詳しくはHPへ】
「おおすみ」打ち上げ祝賀パレード
初の国産人工衛星「おおすみ」の打ち上げ成功を喜ぶ町民らは町中をパレードしました。「おおすみ」打ち上げ祝賀パレード
初の国産人工衛星「おおすみ」の打ち上げ成功を喜ぶ町民らは町中をパレードしました。
千羽鶴を送り続ける内之浦婦人会
内之浦婦人会では、1970年の「おおすみ」打ち上げ前より成功を祈願してロケット打上げスタッフへの千羽鶴贈呈を続けています。千羽鶴を送り続ける内之浦婦人会
内之浦婦人会では、1970年の「おおすみ」打ち上げ前より成功を祈願してロケット打上げスタッフへの千羽鶴贈呈を続けています。
ロケット愛の詰まった千羽鶴
「おおすみ」の打ち上げを祈願して折られた千羽鶴。内之浦宇宙科学資料館で見ることができます。ロケット愛の詰まった千羽鶴
「おおすみ」の打ち上げを祈願して折られた千羽鶴。内之浦宇宙科学資料館で見ることができます。
イプシロン打ち上げ前の寄せ書き
町民とロケット打上げ関係者による寄せ書き。イラストには、携わった研究者、技術者の名前も。文字には町民のロケット愛が躍っている。役場ロビーに展示中。イプシロン打ち上げ前の寄せ書き
町民とロケット打上げ関係者による寄せ書き。イラストには、携わった研究者、技術者の名前も。文字には町民のロケット愛が躍っている。役場ロビーに展示中。

糸川博士に続け!澄んだ瞳が見あげる宇宙

 「こんにちは!」。町を歩くと、澄んだ瞳の小学生が元気よく声をかけてくれます。町内の小中学校ではロケットに関する総合学習カリキュラムが組まれ、時折、観測所の職員を招いて授業が行われます。「テレビ番組の取材の中で、小学生がみんな宇宙やロケットについて詳しいことに、タレントさんがびっくりされたんですよ」と、肝付町産業創出課の渡會実さん。平成27(2015)年、肝付町に新設された県立楠隼中高一貫教育校では宇宙学のカリキュラムが組まれ、宇宙航空研究開発機構や大学の協力を得ながら学習を深めています。「子どもたちは、宇宙飛行士になりたい、宇宙工学を研究したい、とそれぞれが具体的な目標を持って勉強しています」と渡會さんは話します。「ロケット愛は、もう私たちのDNAに刻み込まれているんです」。かつて糸川少年が夢見た大空への夢。このまちで次代へと引き継がれ、育まれています。

宇宙都市?ウチノウラ

打ち上げ時、万一に備えて近隣住民が避難していたシェルター。打ち上げ時、万一に備えて近隣住民が避難していたシェルター。
ウルトラマンのような配色の「長坪観音」はロケット関係者が安全と成功を願って参拝しています。ウルトラマンのような配色の「長坪観音」はロケット関係者が安全と成功を願って参拝しています。

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