いなかを楽しむ宿 栗のや、 有木円美さん

いい観光地には、必ず発見がついてきます。自分の知らなかった世界、ここでしか見られない景色、初めて出会う食文化。しかし、ただ観光地を歩くだけでは、なかなか見えないものがあります。それが、その地域に暮らす人々の「暮らし」の風景です。

 

「大学院まで行ったのですが、2年目には耐えきれなくなってやめてしまいました。文献を読んで考察を重ねるより、現場でああだこうだと話しながら考える方が合っていると気がついたんです。」そう笑顔で話すのは、有木円美(ありき・まどみ)さん。2017年から南大隅町に地域おこし協力隊としてやってきて、2022年から「いなかを楽しむ宿 栗のや、」を創設した若きオーナーです。

 

 

観光地からほど離れた山の中の集落に、地域の方々と力を合わせて創りあげた、南大隅町の新たな体験民泊施設。地域に根ざして活動を続けてきた有木さんに、「栗のや、」創設までの背景や、活動への思いについて伺いました。

 

 


地域へのフィールドワークが活動の原点


 

有木さんが南大隅町にやってきたのは、2017年の春のこと。しかし、それまでは南大隅町とは縁もゆかりもありませんでした。

 

「私は鹿児島の吉野の出身なのですが、父の仕事の関係で、子供の頃から熊本や岡山など、様々な地域を転々としてきました。中学校のころに過ごした鹿児島は、通学路の周りが畑に囲まれていたのが印象深いです。キジが目の前を歩いて横切る光景を、いまでも覚えています。」

 

 

そんな有木さんが進学したのは、愛媛大学 法文学部総合政策学科の「地域コース」。学生時代の有木さんはサッカー部で汗を流しながら、日本各地でのフィールドワークにのめり込んでいきます。

 

「都市部から農村部まで、様々な地域を訪れました。京都の街中を歩いたり、高齢化が進んだ団地の孤独死問題について聞き取りを行ったり、長崎の諸島部の暮らしを眺めたり。五感をフル活用した体験が、すごく刺激的に感じましたね」と笑顔で語ります。

 

 

そんな日々の中で強い衝撃を受けたのが、高知の農家レストランでのフィールドワークでした。「集落内で閉鎖してしまった保育園を活用したお店だったのですが、そこのおばちゃんたちがカッコよくて。家の仕事をしっかりやりながら、メンバーそれぞれの得意分野を活かして、自分たちのやりたいことを形にしていく姿が魅力的に感じました。今の私の活動の原点と言えるかもしれませんね」と感慨深そうに話します。

 

 


大学院での挫折と、南大隅町との出会い


 

農村部の人々のカッコよさに惹かれた有木さんは、さらなる出会いを求めて活動範囲を広げていきます。「長島町でのジャガイモ農家で4ヶ月間住み込みでお手伝いをしたり、姶良(あいら)の農産物直売所で働いたり、自分なりにお金を稼ぎながら経験を積んでいきました。もっとフィールドワークがしたかったので、鹿児島大学の大学院への進学を決めたんです。」

 

しかし、院での学生生活は、有木さんの描いていたイメージとのギャップがありました。

 

「修士の1年生から2年生かけては座学がメインで、ひたすら文献を読んで分析を重ねる作業が続きました。そのプロセスが大事なのは理解できるのですが、『現場での学び』に大きな楽しさを感じていた私にとって、向いていないと感じる部分が多くなってきました。2年生の下半期はスロバキアに交換留学に行っていたのですが、帰ってきてからすぐに退学の旨を伝えましたね。」と真剣な表情で語ります。

 

 

それから大学院を退学するまでに、新天地を求めて様々な地域を周りました。

 

「学生時代に研究のテーマとしていた『グリーンツーリズム』について、関連する団体や勉強会を訪ねていきました。都市部から農村部への体験・交流活動といった分野で、鹿児島県内で10以上の自治体を周りましたね。その中で、頴娃町(えいちょう)でまちづくり活動に携わられていた加藤潤(かとう・じゅん)さんと出会い、南大隅町を紹介していただいたんです。」

 

 

 


グリーンツーリズムの新たな形と、地域おこし協力隊


 

グリーンツーリズムの活動を行う団体は多々ありますが、南大隅町での活動には特別な面白さがありました。

 

「基本的にグリーンツーリズムといえば、都市部の小中学校の修学旅行生を、農村部の家庭で受け入れるホームステイ的な活動がメインとなることが多いんです。しかし、加藤さんから紹介された「NPO法人 風と土の学び舎」(当時は任意団体『東京農大受け入れ協議会』)には、他の団体とは異なる視点がありました。」

 

 

東京農業大学の学生と、南大隅の農家との草の根的なつながりから始まった、20年以上の歴史を持つ組織。有木さんはその代表とお話しして意気投合し、地元の9軒の農家のもとで、泊まり込みで農作業を体験することになりました。

 

「実際に農家の方々とお話ししていると、これが本当に楽しくて。私が求めていた『五感を通した学び』を改めて実感できて、『もっとこの地域の方々と関わっていきたい!』と強く感じました。」

 

そのころにちょうど、南大隅町の観光分野で「地域おこし協力隊」の募集がありました。これが、有木さんが南大隅へ移住するきっかけとなったのです。

 

 

地域おこし協力隊時代は、自分が思い描いていた活動と業務とのギャップに苛まれ、辛い時期もあったそうです。

 

「一時期は辞めることも考えましたが、加藤さんや学び舎の代表、地域の方々のおかげでなんとか乗り越えることができました。役場の方々に向けて企画書を書いて、思いを伝えることもできるようになりましたね」と有木さんは感慨深そうに語ります。

 

 

 


空き家問題×滞在拠点=新たなプロジェクト


 

そんな協力隊活動の中で、有木さんが抱いた大きな問題意識が「空き家問題」と「滞在拠点の少なさ」でした。

 

「南大隅町は人口の2人に1人が65歳以上の、県内トップクラスの高齢化地域です。私の暮らす『栗之脇自治会』は25世帯ほどが暮らす山の中の自治会なのですが、やはり人が住んでいない家がたくさんあります。田んぼや畑の美しい田園風景や、山のきれいな空気、地域の方々のあたたかな人柄。魅力はたくさんあるのですが、友達が遊びにきても泊まる場所が少なく、十分なおもてなしができず歯痒い思いもしてきました。そこから、私の住んでいる古民家を改修して、宿として運営できないかと考えたんです。」

 

こうして、「いなかを楽しむ宿 栗のや、」のプロジェクトがスタートしました。

 

 

予算も技術もない中のスタートでしたが、加藤さんや学び舎の代表、地域の方々からの助けを得て、DIYで改修を進めていきました。

 

「地元のピーマン農家の方に棟梁になっていただいたり、ベテランの大工さんに手伝っていただいたりして、少しずつですが夢が形になっていきました。私も大工仕事は初めてだったのですが、加藤さんと一緒に他の改修現場を手伝わせていただき、技術を身につけていきました。五右衛門風呂やピザ釜など、南大隅の方々のやりたいことも盛り込んだ、思いのこもった施設になったと思います」と有木さんはで笑顔で語ります。

 

 

 

 


変化し、受け継がれるコミュニティスペースへ


 

3年間の工事期間を経て、2022年の10月からついに「栗のや、」がオープンしました。完成記念パーティーには地域の方々がたくさん集まり、栗之脇自治会も一段と賑わったといいます。

 

 

「『栗のや、』の名前についた句読点は、加藤さんたちが運営する『NPO法人 頴娃おこそ会』の空き家改修事業をオマージュさせていただきました。おこそ会では、空き家の改修が完了して名前をつけるとき、『プロジェクトはこれで終わりではなく、まだまだ続く』という思いを込めて、名前の最後に読点をつけるんです。『福のや、』『塩や、』『茶や、』みたいな感じですね。私も町内でもっとこうしたムーブメントを起こせるよう、さらにいい宿にしていきたいと思います」と笑顔で話します。

 

 

「栗のや、」は、地域への思いを持って試行錯誤した結果生まれた、進化し続けるプラットフォームです。

 

地域の方々と同じ「暮らし」という目線を持って、新たな価値に気づく場所。南大隅に生まれた新たな居場所が、あなたに古くて新しい「地域の風景」を見せてくれるでしょう。

 

いなかを楽しむ宿 栗のや、 有木円美さん

鹿児島県肝属郡南大隅町根占横別府778

アクセス
・フェリーなんきゅう(山川・根占フェリー)根占港営業所から車で10分
・鴨池・垂水フェリー 垂水営業所から車で約1時間
・大隈縦貫道 笠之原ICから車で45分
料金
一泊朝食付き:約4000円/人
→素泊まりや食事の追加も可能です。体験のご希望など、お気軽にお問合せください。
駐車場
あり
TEL
080-1790-1029
問い合わせ先
ご予約はメール、電話でどうぞ!
電話番号:080-1794-1029
E-mail:: marronsinn@gmail.com
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この記事を書いたライター

大杉祐輔

大杉祐輔

東京農大を卒業後、2018年から南大隅在住。フリーペーパー「かぜつち」編集長。趣味は猫と遊ぶことです!

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