「うちは観光農園ではなく生産農家なんですよ。だからこそ、来てもらえれば普段は味わえないような体験ができるんじゃないかと思いますね」
そう笑顔で話すのは、富田昭仁さん。南大隅で唯一のバラ農家、「富田バラ園」の3代目代表です。
鹿児島を訪れたときに、まず驚くのは地域にあるお墓の美しさでしょう。どこの自治会にも共同墓地がありますが、綺麗な花が年中供えられており、地域ぐるみで先祖を大事にする気風が伝わってきます。
「鹿児島は、切り花の消費量が全国でもトップクラスなんです。花の中ではキクの生産が有名ですが、お祝いの席にはやっぱりバラが必要。バラ農家としては、多くの人に花をお届けできて嬉しいですね」と昭仁さんは話します。
富田家でバラの栽培を始めたのは、ちょうど昭仁さんが生まれた頃でした。
元々は林業と米作りを行う農家でしたが、昭仁さんの祖父の代から木材の価格が落ち込み、生計を立てるのが難しい状況に。祖父と父の代で様々な作物を試してみて、やっと辿り着いたのがバラ栽培でした。
「そのころはカーネーションとバラの生産が盛んになってきた時期で、南大隅でも多くの農家が花栽培へのチャレンジを始めていました。私たちも、その先駆けで始めた農家の一軒だったんです。」
しかし、全てのバラ農家の経営がうまくいくわけではありません。
当時はバラ業界の中で「ロックウール栽培」という新たな技術が広まり始めたタイミングでした。これをうまく取り入れられるかで、栽培の効率が大きく変わってしまったのです。
「ロックウール栽培はいわゆる『水耕栽培』の一種で、自然の鉱物を繊維状にしたものを土の代わりに利用し、そこに養液を染み込ませることで植物を育てます。設備投資は必要ですが、うまく管理できれば栽培効率が倍近くにもなります。今のバラ業界では、土壌で栽培するのはほんのひと握りですね」と真剣な表情で語ります。
富田家のバラの品質は業界内でも評価が高く、地域の方々にも花の日持ちがいいと評判です。
「特別なことをしているつもりはなく、当たり前のことを当たり前にやるのが基本だと思います。鹿児島は全国でも日照時間が長くて暖かいので、発色や育ちがいいのはあると思いますね」と笑顔で話します。
そんな富田バラ園では、観光客の方々に向けたミニブーケ作りの体験も行なっています。約25種類の株を育てているガラスハウスを見学してから、新鮮なバラをふんだんに利用してオリジナルのブーケを作ることができます。
「葉っぱやトゲの処理からラッピングまで、普段私たちがやっている作業をひととおり体験していただきます。生産農場を直接見る機会はなかなかないと思うので、現場の空気やこだわりを感じていただければ嬉しいですね。」
親子3代で、バラ栽培の歴史を切り拓いてきた富田バラ園。農家さながらの花束作りを通して、普段はなかなか味わえない農業の魅力を感じてみてはいかがでしょうか。
鹿児島県肝属郡南大隅町根占川南3995
大杉祐輔