本土最南端のライダースハウス
「バイクって生き物だと思うんです。自分が愛情込めてメンテナンスした分、いいパフォーマンスを返してくれる。時間があると、ついつい触ってしまいますよね」
そう笑顔で話すのは、松元貴生(まつもと・たかき)さん。本土最南端のツーリスト向け宿泊施設、「ライダースハウス 郷がえる」(さとがえる)のオーナーだ。
鹿児島県 南大隅町は、本土最南端の田舎町だ。海あり山ありの豊かな自然に、温暖な気候。
アップダウンの激しい道を越えると、本土における東西南北の「4極」の一つである、佐多岬が待っている。
旅人は、常に最果ての地を目指すもの。そんな思いを胸に、南大隅には年間を通して多くのツーリストが訪れる。
自転車・バイクでの旅行者にとっては特に、本土最南端の地は「ツーリングのメッカ」と言える場所となっている。
そんな佐多岬を目指すツーリストの憩いの地が、「ライダースハウス 郷がえる」だ。
「専門学校でバイク整備について学んで、卒業後はすぐに地元である南大隅に帰ってきました。実家の食品加工業を手伝いながら、1年後にはライダースハウスをオープンすることになりました。もう今年で8年目になりますね」と松元さんは懐かしそうに語る。
そもそも、「ライダースハウス」とはどのような施設なのだろうか。
「ライダースハウスはもともと、1980年台の北海道で始まったとされています。当時の熱烈なバイクブームを受けて、バイクでのツーリストに向けて安価な宿泊施設を提供する動きが広まっていったんです。南大隅ではうちが唯一の施設になりますね」と松元さんは話す。
全国を駆けめぐるツーリストにとって、金銭的な問題は常につきまとう。そんななかで、安価で・気軽に泊まれるようにと生まれたのがライダースハウスだったのだ。
そのため、一般的にライダースハウスは相部屋・雑魚寝で、寝袋持参といったシステムの施設が多い。
「郷がえるではコロナの関係もあって、できるだけ相部屋になるのは避けるようにしています。食事の提供はしていませんが、布団もレンタルできますし、五右衛門風呂も用意しています。せっかく来ていただいているので、田舎ならではの体験をしながら、ゆっくりくつろいでいただきたいですね」と松元さんは笑顔で話す。
安価な宿泊施設といえば、ユースホステルやゲストハウスも思い浮かぶ。しかし、ライダースハウスのメリットはなんといっても「ライダー同士の交流」だ。
「郷がえるを訪れるお客様は関東・関西からが多く、鹿児島や大隅半島には初めて来たいう方もいらっしゃいます。バイクや自転車で訪れる方にとっては、走っていて楽しい道やおすすめスポット、地元の美味しい食べ物など、知りたい情報は山ほどあります。しかし、そういう地元密着型の情報は、ネットで調べても出てきにくいんですよ」と松元さんは語る。
そんななかで、宿泊客同士の交流や情報交換ができるのが、ライダースハウスの大きなメリットだ。同じタイミングの宿泊客がいないと、期待外れに感じるお客様もいるという。
「うちのお客様は、8〜9割が佐多岬を訪れます。行きは錦江湾の海沿いで景色を楽しみながら向かえるのですが、『帰りは別の道を走ってみたい』というお客様も多いんです。太平洋沿いで帰ってくる気持ちのいいルートや、内之浦・志布志といった大隅全体でのおすすめルートなど、南大隅周辺でのツーリングを楽しむポイントは色々とお伝えできますよ」と松元さんは笑顔で話す。
南大隅に「郷がえり」してもらえるように
オーナーである松元さんのご家族は、一家揃ってバイク好きだ。「父も姉もバイクが好きで、妻ともバイク整備関係の専門学校で出会いました。子供のころは父のバイクの後ろに乗せてもらって、指宿の池田湖へキャンプに行ったりしましたね。高校も工業高校で、その頃からバイクの道に進むのを決めていました」と松元さん。
現在ではそんな得意分野を活かして、佐多岬でのイベント運営にも携わっている。
「本土最南端の佐多岬は、全国のツーリストが訪れる大きな目的地となっています。ここ数年は、北海道の宗谷岬から佐多岬を目指すツーリングイベントのフィナーレとして『最南端バイクミーティング』が開かれています。また、本州・九州・四国・北海道の4極それぞれを半年で回る『にっぽん応援ツーリングラリー』の目的地になったりと、佐多岬を目指すツーリストは増えているんです。僕も南大隅のバイク関係者として、色々とお手伝いをさせていただいています」と真剣な表情で語る。
佐多岬はバイク愛好家にとって、目標であり目指すべきゴール。そこを訪れる方々に安心して楽しんでもらえるように、松元さんは日々汗を流している。
そんな松元さんの目標は、「南大隅に帰ってきてもらえるような場」をつくること。
「南大隅は、佐多岬・雄川の滝など素晴らしい観光地もありますが、やっぱりそれだけで終わるのはもったいない。一回の観光だけで終わらず、郷帰りをするように南大隅に帰ってきてほしい。そんな思いを持って、細く長く続けられるような宿にしていきたいと思います」
ライダースハウスはツーリストにとって、旅先における実家のような場所だ。長旅で疲れた体を休めながら、仲間同士の交流を楽しみ、また次の旅路に思いを馳せる。
佐多岬を訪れる際は、ぜひ「ライダースハウス 郷がえる」を訪れてみてほしい。ここでしか味わえない、地元ならではのディープな時間が味わえるはずだ。
鹿児島県肝属郡南大隅町根占川北718-1
大杉祐輔