大隅半島の最南端にある田舎町、南大隅町。南大隅の入り口から佐多に至る海岸沿いに、2016年から活動を続けるナチュラルコスメメーカーがあります。それが「株式会社ボタニカルファクトリー」。
廃校になった小学校を改修した工場で、タンカンや月桃といった鹿児島ならではの植物資源を利用し、お肌にも環境にも優しいナチュラルコスメを製造しています。本記事では、代表の黒木靖之(くろき・やすゆき)さんに、南大隅で事業を始めるまでの経緯や製品へのこだわり、今後の展望について伺いました。
(語り手:黒木靖之 聞き手:大杉祐輔)
本土最南端のコスメメーカーができるまで
大杉:本日はよろしくお願いします!黒木さんは南大隅の佐多のご出身なんですよね?
黒木:そうですね、佐多の市街地である伊座敷で育ち、高校までは鹿児島で過ごしました。そこからは大阪に出て、食品メーカーを中心にさまざまな仕事をしてきましたね。26歳のときに化粧品関係の事業で独立して、企業向けの企画提案や商品開発を始めました。
大杉:26歳とはすごいですね、自分も同年代ぐらいですがそこまでできなてないです…!そこからボタニカルファクトリーの事業を始めるのには、何かきっかけがあったんですか?
黒木:結婚して子供ができたのですが、娘がアトピー性の皮膚炎になったことが大きなきっかけでしたね。アトピーは日々の生活で触れる全てが関わってくるので、石鹸や食品など、身の周りの生活用品を見直すことにしたんです。その時にふと、「自分が企画しているコスメ製品は、娘に自信を持って与えられるものだろうか?」という疑問が浮かびました。化粧品や石鹸は、アルコールや化学物質などのケミカルな成分を中心としたものが多くあります。そういう成分に頼らない、ナチュラルな化粧品を作りたいという気持ちが大きくなってきたんです。
大杉:なるほど、そこからナチュラルコスメ事業へのシフトがあったんですね。では、もともと仕事をしていた大阪ではなく南大隅で起業しようと思ったのは、何かこだわりがあったんでしょうか?
黒木:地元での日々を思い返す中で、自然の山々に囲まれた記憶が大きくありました。佐多は南大隅の中でもさらに南方で、ほぼ亜熱帯の気候です。なので、月桃やホーリーバジルといった南国ならではの珍しいハーブ類も多く採取できます。伊座敷には「旧薬草園」という、島津氏が医療用の薬草を作らせた施設の跡があります。大隅半島は、鹿児島の中でも特に植物資源に恵まれた地域なんです。ここなら理想のナチュラルコスメができる!と確信しましたね。
廃校を活用した、地域だからこそのビジネス
大杉:なるほど、自然豊かで温暖な南大隅だからこそのモノづくりの形があるわけですね…!ボタニカルの製品は日本各地の百貨店でも販売されていますが、近年はより注目度が高まっていますね。
黒木:おかげさまで2021年には「サスティナブル・コスメアワード」のシルバー賞も受賞しました。コスメ業界でもかなり専門性の高い事業なこともあって「OEM」という企業からの受注生産も多く手がけています。最近は自社製品だけでなく、こうしたOEMの売り上げも大きいですね。
大杉:ボタニカルといえば「廃校を活用した工場」が大きなイメージとしてあるのですが、小中学校の校舎を活用するのは地域との交渉も大変じゃありませんでしたか?
黒木:そうでしたね。廃校の活用は、国の「補助金適正化法」という決まりに沿って進める必要があるのですが、小中学校は廃校になっても利用にあたって色々な縛りがあるんですよ。地域住民の会合の場になったり、災害時の避難場所になったり、ワクチン接種など保健関係の会場になったり…。なので、地域の方々や役場との話し合いには長い時間がかかりましたね。
黒木:でも、これからの人口減少社会では、こうした校舎の活用は全国的な課題になってきます。南大隅は高齢化率が鹿児島県ナンバーワンで、人口の2人に1人が65歳以上。だからこそ、「地域だからできるビジネス」のモデルケースになれると思うんです。鹿児島の最南端の山の上で、こんなすごい商品ができるんだ!という驚きが生まれる。こうした「製品と産地のギャップ」は、ボタニカルの事業でとても大事にしているポイントです。
大杉:なるほど…!小中学校は、廃校になっても地域の方々の思い出の場所なんですよね。何にも使われずに草に覆われていくのも、また辛いものです。こうして学校の形を残しつつ、新たな形での活用がされていくのも地域の「物語」を引き継ぐ一つの形だなあと実感します。ボタニカルの工場にもお邪魔しましたが、懐かしさと新しさがマッチしたすごく素敵な空間ですよね。
コスメ事業と観光の一体化へ
大杉:2022年の1月から、元々事業を始めた登尾小学校だけでなく、新たに「登尾中学校」の活用も始まりましたね。ここではどのような事業を展開していく予定ですか?
黒木:学校の校舎を活用することには、地域だからこそできる事業としてのブランディングにもつながりますが、弱点として「規模が拡大しづらい」ことがあります。OEMをたくさん受注しても、実際にはスペースや作業人数の制限が大きいので、大きな会社と比べると効率が上がりにくいのも確かです。元々の小学校工場から生産設備を移しつつスペースを拡大し、自社製品の生産にもさらに力を入れていきたいと思います。
黒木:また、登尾は海辺にあるので、屋上からの眺めが最高なんですよ!目の前には雄大な錦江湾が広がり、背後には手付かずの原生林が茂っています。これほど南大隅の自然を一望できる場所は、長年過ごしていますがなかなかないですね。中学校工場では体験型のワークショップができるスペースも用意したので、今後は観光ツアーの一環や、団体での体験サービスでも遊びに来ていただきたいです。「天空のウッドデッキ」でランチを楽しむのも最高ですよ!
大杉:自分もこの前に屋上でのバーベキューにお邪魔しましたが、星空も素敵ですよね…!周りに街灯がほとんどないので、天の川まで見えてしまうぐらい綺麗でした。錦江湾に沈む夕日も美しく、さまざまな楽しみ方ができる贅沢なスペースですよね。
ボタニカルファクトリーのこれから
大杉:2022年で創業7年目を迎えるボタニカルファクトリーですが、今後の抱負をお聞かせください。
黒木:ずっと考えてきたことですが、あと1〜2年以内にヨーロッパ進出の足掛かりを掴んでいきたいですね。現在のナチュラルコスメの本場はやはり欧州で、日本は「ケミカルの国」というイメージが業界内で強くあります。でも、日本だからこそできる「和ハーブ」のナチュラルコスメは、ニーズがあるのになかなか手をつけている企業がないんですよ。
黒木:南大隅には、月桃やホーリーバジルなどの豊富な植物資源があります。使っていただく方の役に立ち、お客様が笑顔になってくださるような、「ここにしかない」商品を作っていきたいですね。ワークショップなどを通してぜひ工場に遊びにきて、地域の魅力を存分に味わっていただければと思います。
大杉:興味深いお話をありがとうございます!今後も応援しております。
★ボタニカルファクトリーのワークショップについてはこちらの記事でもご紹介しています。ぜひご覧ください!
【本社・中学校工場】
〒893-2505 鹿児島県肝属郡南大隅町根占辺田3222(旧登尾中学校)
【製販元・小学校工場】
〒893-2505鹿児島県肝属郡南大隅町根占辺田3310登尾小学校跡
大杉祐輔