籠谷集落は大崎町の中でも一番北、最も標高が高い場所にある集落です。さすが「谷」がつく集落、高低差がありアップダウンが続きます。車一台がやっと通れるような道も多い中、近年、道路の整備が進んだことで、以前よりはアクセスしやすくなっているといいます。
籠谷公民館に近づくと、草刈りしている人影が見えます。
「綺麗に草を刈っているなあ」と思って近づいていくと、それはなんと案山子でした。そして案山子の後ろには、集落の「見どころ」として植えられたきれいなコスモスが彩られ、とても華やかです。

「なぜ、ここに案山子とコスモスが?」
その理由を知りたくて、公民館を訪ねました。
出迎えてくださったのは、公民館長の田畑康雄さん、美化活動を始めた村山鉄郎さんと梅北定次さん。
この三人が中心となって、集落の美化活動を続けていました。
籠谷は現在わずか10戸21人の小さな集落。
それでも、県道沿いのやぶ払いから花の植栽まで、自分たちの手で景観を守っています。
この3人が中心となって集落美化活動を推進しています。美化活動は多岐にわたり、特に県道のやぶ払いは、非常に困難な作業です。県道の草刈りは県が年2回やってくれますが、それだけでは追いつきません。そのため、村山さんらは急な崖地など普通の人がやらない場所も、重機を使って自ら整備しています。

数か所ある通称さくら公園と呼ばれる桜並木も、元々は県が拡張工事をした際に植えられたものですが、地元住民の関心が薄く荒れていたため、村山さんが「このままではダメになる」と一人で整備を始めたのがきっかけです。カズラを切ったり、荒れ果てた場所を切り開いたりと大変な作業です。
なぜ集落整備にいそしむのでしょうか。

右から村山鉄郎さん公民館長の田畑康雄さんと梅北定次さん
受け継がれた“道路愛護”の心
そのきっかけは、村山さんが公民館の天井裏で見つけた一枚の賞状でした。昔、この集落が道路愛護コンクールで軒並み受賞していたという歴史です。

賞状は、昭和36年(1961年)に受賞した道路愛護コンクールの賞状で、県道の部で壹等、町道部門で特等を受賞し、当時の町長より表彰されたことが記されていました。また、昭和43年(1968年)にも道路愛護コンクールで「秀」の賞状を町長からいただいています。
この集落の先人たちは、トラクターも草刈り機もない時代に、大人も子どもも満16歳になったらこの作業に出るという形で、協力し合って集落を守っていました。
「昔の人がここまでしていたのなら、俺たちが荒らしてはいけない」
そう思い立った村山さんは、仲間とともに活動を再開しました。
集落の景観を荒れさせないように、そして先人たちの誇りを守るために、集落整備活動にいそしんでいるのでした。
2025年11月23日の清掃の様子
みんなで育てる風景に「価値の共有」を実感
今では年2回、集落総出の清掃が恒例行事になっています。
それ以外にも道路の美化活動は集落の人々が「個人の仕事」として自由に行っていて、アジサイ、つばきなども植えてあります。公民館近くの案山子の後ろのコスモス畑は植えて2年目。コスモスが植えられているのは、集落に来る人や住人が見て楽しむための「見どころ」として整備されたからです。この活動が広がってきたことは、集落内で「価値を共有できた」ことと大変喜んでいました。

手づくりの公民館が伝える集落の絆
招かれた籠谷公民館は昭和63年(1988年)、住民の手で建てられた“手づくりの館”。
大工、電気屋、左官屋、技を持つ住民が力を合わせ、基礎から完成まで自分たちでつくり上げました。
いまも総会や花見、敬老会など、集落の中心として息づいています。
外からの評価ではなく、
「自分たちの暮らす場所を、自分たちの手で守る」――
自治というのでしょうか。
その思いが、案山子にも、コスモスにも、そして人々の表情にも表れています。

案山子とコスモスが語る、今の誇り
こうした背景をもとに生まれたのが、公民館前の案山子とコスモス畑です。「来る人がほっとできる場所を」との思いから、集落の「見どころ」として整備されています。谷あいに咲くコスモスと案山子。
それはただの飾りではなく、籠谷の人たちが受け継いできた歴史と“手づくりの誇り”の象徴です。
秋の一日、そんな物語に会いに行ってみませんか。
大崎町野方
こだち